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しとどの窟

治承4年(1180)、源頼朝は平家討滅、源氏再興の兵を挙げましたが石橋山の合戦にて敗れ、土肥実平に導かれて隠潜した巌窟が、この「しとどの窟」です。
流れ落ちる湧水、苔むす岩石。
「土肥椙山観音像群」と呼ばれる多くの観音や石塔が立ち並ぶ、夏でも涼しい仙境です。




福泉寺の首大仏

元は名古屋城内にあり、戦後この「福泉寺」(ふくせんじ)に奉納されたという陶製の釈迦像。
名古屋城主徳川光友公が、亡き母を弔わんとして造られたといわれています。
名古屋にあったときには首から下もあったとそうですが、胴体の方はどこへいってしまったのでしょうか?




土肥一族の墓所

城願寺は、土肥実平を祖とする土肥氏の菩提寺で土肥の館の持仏堂の跡に建ち、宝篋印塔(ほうきょういんとう)、多重塔など数十基が立ち並ぶ土肥一族の墓所があり、各種形式、各年代にまたがる関東有数のものとして県の史跡に指定されています。






〒259-0314 神奈川県足柄下郡湯河原町宮上750-1