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長崎港を見下ろす高台はかつての外国人居留地で、南山手地区と東山手地区からなる。大浦天主堂やグラバー園などがある南山手はとくに住宅地として使われていた。一方の東山手は領事館、礼拝堂、住宅があったところ。南山手と東山手の街並は国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれている。石畳の坂、教会、洋館を活用した資料館、明治建築の洋館などが立ち並び、エキゾチックな雰囲気。開港の歴史をもつ長崎ならではの街並み散策が楽しめる。

長崎から18.5km、野母崎近くの海上にある周囲1.2kmの島が軍艦島(正式名は端島)。もともとは水成岩の瀬だったが明治23年に島を買い取った三菱は本格的な海底炭坑として採掘に着手。島の周りに10m内外の護岸壁を築き、島内にコンクリートの建築物を積み重ねるように建築。海上から眺める姿が戦艦「土佐」に似ていたことから軍艦島と呼ばれるようになった。炭鉱は昭和49年1月に閉山し、現在では立入禁止の無人島となっている。長崎港から出航するやまさ海運の遊覧船(不定期)や野母崎航路(定期船)から間近に眺められる。

エキゾチックな雰囲気が漂う東山手にはオランダ坂と呼ばれる坂がある。開港前長崎に暮らす西洋人はオランダ人だったことから、長崎では西洋人のことを総称してオランダさんとよび、親しんでいた。領事館などがあった東山手界隈には西洋人の往来が多く、いくつかの「オランダ坂」が残っている。なかでも活水女子大へ続く石畳の坂が有名。石畳が小雨にうたれると木々の緑もしっとりと落ち着いて風情がある。

10月7日から3日間続く秋の大祭、長崎くんちの舞台としてつとに有名。「長坂」と呼ばれる70余段の石段は、日本三大祭りのひとつである長崎くんちの奉納踊りを唯一無料で観られるところで、何日も前から場所とリがはじまる。創建は1625(寛永2)年、青木賢正が長崎奉行の長谷川権六に申し出て造営した。長い石段を登りきり、振り向けば長崎市街の眺めが楽しめる。国際都市長崎らしく、1914(大正3)年と早くから英文のおみくじをおいている。

福州の唐人たちの要望で、超然(ちょうねん)が招聘されて建立した黄檗宗の寺院。目に鮮やかな朱色の竜宮門(三門)をくぐると国宝の第一峰門がある。この第一峰門と本堂(大雄宝殿)は国宝に、また朱色の竜宮門を思わせる三門は国の重要文化財に指定されるなど、文化財の宝庫となっている。旧暦7月には中国孟蘭盆会が華やかに行われる。




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